田野々ってこんな所
豊稔池ダムの上流、山中にあって盆地状の平野にたたずむ桃源郷のような集落。
その昔、弘法大師によって大伽藍が営造されようとした伝説が残っている。
法泉寺では、毎年もみじ祭りを催しており、
色鮮やかな3色もみじを目当てに多くの見物人で賑わっている。
また、毎月第3日曜には田野々の入り口付近にてやまびこ市が開かれており、
地元産品が販売されている。ダムの上流にあることから、
水の流れが清らかで、近年ではホタルの舞いが名物となっている。
他にもあるよ!田野々のお宝
豊稔池石積式アーチダム
干害対策として1930年に完成。
同方式のダムでは日本最古。夏の「ゆるぬ抜き」は圧巻。
国の登録有形文化財。
法泉寺
11月の「もみじ祭り」では、
1本の木が3色に染まる3色もみじが見事。
「田野々雨乞踊」の伝承にも尽力。
鎌倉神社
田野々の氏神様を祀る。
3月には子どもが矢を射り、
その年の豊作を祈る「百々手」が行われる。
愛媛県境から見る夜景
田野々の集落の最奥、
愛媛との県境から見る川之江の夜景は絶景。
海に沈む夕日にも息を飲む。
山びこ市
豊稔池堤前広場で、田野々で採れた野菜や果物、
手作りおはぎや大判焼などを販売。
(毎月第3日曜9時~15時)
地元の口コミ
「田野々米」は、酒米として川鶴酒造でも使われとるんよ
その昔、空海が田野々に
大伽藍を営造しようとした逸話も
宝泉寺で発見!「喫茶まんさく」に行くと、
田野々のいろんな話が聞けるよ
三豊平野の水瓶に400年伝わる
五郷には、井関池、豊稔池、五郷ダムと3つの水瓶があります。
古くは江戸初期、西島八兵衛によって井関池が築造され、
これによって大野原の開墾が始まり、
県内随一の農業地帯として発展してきました。
そんな五郷の水瓶の一つ、田野々地区の豊稔池が造られたのは昭和5年のこと。
当時、田野々の人たちは、老若男女を問わず総動員で堰堤(えんてい)工事に協力したそうです。
雨の少ない香川県では、水は文字通り“いのちの水”。
田野々は稲作が盛んな地域ですが
、山が浅いため少しの日照りでもすぐ干ばつが起こり、
人々を苦しめていました。
いよいよ水がなくなり、田んぼが白くひび割れてくると、
「土瓶水」と言って、大切な井戸水を稲の根本に一株ずつかけてまわったと言います。
そうした水への並々ならぬ願いが、
豊稔池を実現させたのでしょう。
田野々には、人々と水との関わりを色濃く伝える踊りが残されています。
「田野々雨乞踊」は、およそ400年前、薩摩法師が伝えたとされる雨乞いの踊り。
日照りが続くと、慈雨を願って地区の代表者らが夜中過ぎから高尾山に登り、
竜王社へ籠って踊りを納めます。
踊りは、「けいご」と呼ばれる歌い手を中心に浴衣にたすき姿の太鼓打ち、
花笠をつけた踊り手たちが輪になって踊ります。昭和9年から一時途絶えていましたが、
昭和47年に地元の人たちの尽力で復活し、
香川県の無形民俗文化財に指定されました。
田野々雨乞踊保存会のメンバーは現在40人。
豊稔ダムにかかる橋の欄干には、
雨乞い踊りの様子が刻まれています